熊谷ニュース記事:2002年9月

熊谷寺で、平家琵琶の奉納演奏会

 平家物語ゆかりの武士、熊谷次郎直実の墓がある熊谷寺(熊谷市仲町)で、平家琵琶の奉納演奏会が二十八日、開かれた。
 平家琵琶は平曲とも言われ、源平の争乱を通し、平家一門の盛衰を描いた「平家物語」を、平家琵琶の伴奏に合わせ、節を付けて語る音曲。十三世紀の鎌倉時代初頭に始まったとされる。
 演奏会は、人間国宝の館山甲午さんに師事した岩手県出身の後藤光樹さん(80)が、同寺に演奏の奉納を申し出て実現した。昨年に続き二回目。後藤さんは、下関赤間神宮や藤戸寺など全国の平家物語ゆかりの地で、奉納演奏会を開いている。今回は、後藤さんが指導する平家琵琶普及後援会会員四人も参加。平家物語冒頭の「祇園精舎」を五人で合唱した後、熊谷次郎直実が一ノ谷の合戦で勇ましく先陣争いをする「一、二の駆け」を、後藤さんが独唱した。約百人の聴衆は、平家琵琶の音色が響きわたる本堂で、往時をしのんでいた。

[読売新聞 2002年9月29日(日)]


熊谷市議会、政治倫理条例を可決

 熊谷市議会は二十七日、市議や市議の関係企業が市との請負契約を辞退する規定などを盛り込んだ政治倫理条例を可決した。契約辞退を「努力目標」ではなく、「辞退届を提出しなければならない」として義務づけているケースは、全国的にも珍しく、議員の“口利き”排除を目指す動きとして注目される。同条例は、来年四月一日から施行される。
 条例は、議員と、議員の配偶者や一〜二親等の親族が関係する企業は、議員就任後三十日以内に、市や市が設立した公社、団体との請負契約に関する辞退届を、議員は議長に、関係企業は市長に提出しなければならないと規定。辞退届が出された場合、市長、議長に企業名の公表を義務づけ、関係企業との契約を禁止している。
 議員が、市と契約関係にある企業だけでなく、市など公共団体からの補助金で運営されている団体の責任ある地位や役職を兼務することも禁止。議会内に設置される倫理審議会に、市民五十人以上の署名で調査請求をすることができるとしている。
 二十七日の本会議では「(辞退の義務づけは)地方自治法に抵触する疑いがあり、法的に極めて危険」「営業権を侵害するものではない。議員と業者の癒着が起きている中、議会が自主性を示し、先進的な役割を果たすべきだ」など、賛否の意見が対立したが、十六対十一(退席一)の賛成多数で可決した。
 県市町村課は「辞退を努力目標にした条例はあるが、義務化した条例は他に聞かない。地方自治法逸脱のおそれもあるが、条例はそれぞれの自治体の議会の権限」とし、総務省行政調でも「各自治体の問題」としている。
 政治倫理条例可決について、熊谷市の富岡清市長は「議員提案で可決されたもので、最大限尊重して行きたいが、議論の中で法律上の疑義も出されており、今後、精査して行きたい」と語った。

[読売新聞 2002年9月28日(土)]
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議員の“口利き”徹底排除、条例案を採択 [読売新聞 2002年9月26日(木)]


みんなが描いた「交通安全」、交通安全ポスター審査会

 夏休みの宿題で「交通安全ポスター」を描いた記憶ありますか。
 9月17日(火)、熊谷警察署内においてポスターの審査会が行われ、小学生・中学生の作品97点が5名の審査員によって審査された。一生懸命に描かれた作品に審査員たちも一苦労。どれもこれも力作揃いで、「審査するの、難しいんだよね」と本音が漏れる。審査員の一人、江原隆熊谷警察署長も「交通安全の意識が、このようなコンクールを通して深まってくれれば良い」と感想を述べた。
 小学校低学年47点から12点が、高学年43点から12点、中学生7点から5点がそれぞれ選ばれ、県の第2次審査に送られた。10月25日には金賞以下、各賞が決定する。

[埼北よみうり 2002年9月27日(金)]


議員の“口利き”徹底排除、条例案を採択

市議や市議の関係企業は、市との請負契約を辞退

 熊谷市議会の政治倫理検討委員会(原田雅夫委員長、十一人)は二十五日、市議や市議の関係企業が、公共事業など市との請負契約を辞退する規定などを盛り込んだ倫理条例案を採択した。議員の“口利き”や行政への不当介入の排除を目指し、「努力目標」として掲げた条例はあるが、請負契約の辞退を義務づけた条例は、全国的にも珍しいという。二十七日の本会議で可決される可能性が高い。
 同条例案では、「議員や、議員の一〜二親等の親族、配偶者が関係する企業は、市や、市が設立した公社、市出資の団体との請負契約に関する辞退届を、議員就任の三十日以内に、議員は議長に、関係企業は市長に提出しなければならない」と規定した。さらに、市が、辞退屈を提出した関係企業と契約することを禁じ、条例違反に対しては、議会内に市民公募の第三者機関「倫理審査会」を設置、市民五十人以上の署名により調査を請求できるとしている。
 また、同条例案は、議員が市の公社や、公共団体の補助金によって運営されている団体の役員を兼ねることも禁じている。
 同委員会では昨年十二月以来、十一回にわたり検討を重ねてきた。二十五日の会議でも、「憲法に保障された契約の自由をおかす」「企業関係議員の締め出しになる」などの反対意見もあったが、五対四(一人退席)の一票差で採択された。
 同委員会では「地方自治法(第九二条の二)で議員の兼職を禁じているが、口利きなど議員の不当介入が問題になっている今日、単なる努力目標として掲げる精神規定ではなく、実効性のあるものを目指した」としている。

[読売新聞 2002年9月26日(木)]


熊谷CATV、11月営業譲渡へ

名称、サービスは継承

 熊谷ケーブルテレビ(熊谷市原島、中山源一社長)は二十五日、臨時株主総会を開き、十一月一日をもって営業譲渡を行うことを決めた。譲渡先は、大手LPガス販売会社丁OKAI(静岡市)グループのトーカイ・ブロードバンド・コミュニケーションズ(東京・千代田区)の子会社ケー・シー・シー(熊谷市原島、今年七月設立)で、譲渡金額は四億七千九百万円。譲り受け会社は、「熊谷ケーブルテレビ」の名称を継承、従業員(十一人)、顧客サービスはそのまま引き継がれるという。
 熊谷ケーブルテレビによると、同社は、地元の金融機関、熊谷市、商工会議所などが出資して、資本金三千万円(現在、資本金七億八千四百十万円)で、一九八八年に設立。契約世帯は一万二千世帯、CATVインターネット加入者は千百人。
 しかし、設立以来の赤字続きで、借入金約二十億円、累積赤字も約十二億円に上っていた。営業譲渡について、中山社長は「新たなサービス需要に対応して行くための光ケーブルヘの改修など、インフラ整備のための資金調達が困難なのが実情。大手関連企業の支援に頼らざるをえなくなった」と説明している。
 譲渡後は、解散、特別清算手続きに入るが、借入金の処理については、大手債権者の了解を取り付けたとしている。
 トーカイ・ブロードバンド・コミュニケーションズは、静岡市を本拠に、神奈川県厚木市、千葉県市原市でケーブルテレビを運営しており、埼玉県内には、「熊谷ケーブルテレビ」が初の進出。新「熊谷ケーブルテレビ」(資本金四億九千万円)の住所、電話番号は従来通りという。

[読売新聞 2002年9月26日(木)]
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うちわ祭り、テレビ熊谷で生中継 [お茶の間ジャーナル 2002年7月1日(月)]
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関連ニュース●7月の「熊谷うちわ祭」、CATVで全国中継 [読売新聞 2001年5月19日(土)]
関連ニュース●熊谷CATVがネット接続事業 [読売新聞 2000年8月10日(木)]


ダイエー熊谷店、年内で閉鎖

駅前再開発事業に影響も

 大手スーパーダイエー(東京都港区)は二十四日、ダイエー熊谷店(同市銀座二)を今年十二月三十一日で閉鎖すると発表した。二十三年間にわたって営業を続けてきたJR熊谷駅前の大手スーパーの閉鎖は、同市が計画している駅前再開発事業にも、影響を及ぼしそうだ。
 同社の県内店の閉鎖は、今年五月末の行田、坂戸、狭山、久喜店とDマート岩槻店に次いで六店目となる。
 熊谷店は一九七九年十月にオープン。一〜四階で店舗面積一万二千九百九十四平方メートル、駐車台数千三十台。従業員は正社員三十四人、パート・アルバイト百二十六人。
 同社IR広報室によると、売上額は、九三年度の約九十五億円をピークに年々下降線をたどり、昨年度は四十四億二千八百万円に半減するなど厳しい状況が続いていた。また、一昨年秋、約一・五キロ離れた場所に大手スーパー「サティ」がオープンしたことも、業績悪化に拍車をかけた。
 ダイエー熊谷店を除く「ニットーモール」(テナント八十店舗)については、引き続き営業を続けるという。
 閉鎖理由として、同社では(1)景気低迷による個人消費の冷え込み(2)競合の激化(3)品ぞろえやサービス面での改善を図ったが売り上げ回復のメドがたたなかった、を挙げている。
 この日、閉鎖のニュースに同市箱田、主婦(61)は「週二、三度来て、日用品や食料品を買っていたが、寂しいです」と話していた。
 同市の富岡清市長は「二〇〇四年の国体に向け、熊谷駅東部地区の更なる活性化が期待されていたところで、今後のまちづくりにとっても非常に残念」とのコメントを発表した。

[読売新聞 2002年9月25日(水)]


「長土手音頭」で世代交流

旧中山道の景勝地歌う

 荒川沿いの旧中山道の「長土手」を歌った「長土手音頭」を、熊谷市久下地区の住民たちが制作、二十一日、同市立久下小学校(井上清校長、児童数四百人)の運動会で、子供たちが披露した。井上校長は「児童に覚えてもらうことで、世代間交流にもつながる」と話している。
 同音頭は、地元の公民館長が作詞、市内の民謡指導者たちが作曲、振り付けして二年前に制作した。民謡グループの間では踊られているが、今回は、運動会で紹介して住民に広く知ってもらおうと、夏休みに同小学校教職員二十二人がマスターし、全校児童に指導したという。
 長土手は、熊谷市から吹上町に向かう約四・五キロの川堤。旧中山道の一部だった江戸期、南に富士山、西に浅間山を望む景勝地として、「久下の長土手、深谷の並木、さぞや寒かろ寂しかろ」と、馬子歌にも歌われた。
 音頭では「ハアー久下の長土手、秋来てみしゃれ(ハヨイショ)、そよぐすすきの久下河原」と、移り変わる季節の光景を盛り込んでいる。
 作詞者の栗原保夫さん(70)は「生まれ育った場所の音頭ができ、子供たちが踊ってくれるのはありがたい」と喜ぶ。
 この日、父母たちを前に、地元民謡グループの女性六人を囲み、太鼓に合わせて全校生が約二十分間踊った。
 同地区は源氏の武将、熊谷次郎直実が幼年時代を過ごした地と言われ、五、六年生による「直実節」の踊りも披露された。

[読売新聞 2002年9月22日(日)]


県がミニ公募債100億、12月に発行

熊谷スポーツ文化公園・国体会場整備に充当

 県は十八日、県民に出資を募る「ミニ市場公募債」を十二月に百億円分発行すると発表した。財政投融資改革で、地方債の政府引き受けが減る傾向で、今年三月に群馬県が県立病院の医療機器導入のため全国に先駆け発行したのをはじめ、発行する都道府県が増えている。県は調達した資金を二〇〇四年の国体メーン会場になる熊谷スポーツ文化公園の整備に充てる。
 発行する公募債は五年満期で、利率は未定だが五年もの国債の利率と同程度を予定している。購入は一万円から可能で、一人当たりの限度額は五百万円。対象者は県内在住または在勤の個人や、県内に拠点を置く企業、任意団体など。
 県は十一月中に発行条件、募集期間、販売期間等の詳細を決定する。
 これまで発行された都道府県の市場公募債は、人気が高く抽選になるところもある。

[読売新聞 2002年9月19日(木)]


10年間“規定科手当”1億、ごみ収集職員らに「ヤミ」の指摘も

 熊谷市が、ごみ収集担当職員らに、条例に規定のない年末年始手当などを支給していたことが、十七日の市議会一般質問で明らかになった。支給額は過去十年間で、総額約一億二千四百万円に上っている。富岡清市長は「(特別手当は)長年の慣習で、労使協定に基づいて支払われてきた。条例化していなかった点は問題があった。今後、是正して行きたい」としている。
 この日の一般質問で、江森茂美議員が「年末年始手当が条例化されない形で長年にわたって慣例的に支給されている。不透明な手当はまさにヤミ手当だ」と指摘、その実態を追及した。
 市総務部によると、年末年始手当は、年末年始の繁忙期に対する特別手当として、三十年以上前から毎年支給。自治労連・市職員組合(七十九人)との労使交渉を経て、ごみ収集などに当たる現業職員を中心に支給される。
 支給期間、金額は年によって変動しているが、一九九二年以降、過去十年間の集計では、九三年の計千二百三十二万円をピークに、総額計九千五百七十五万円に上る。支給期間は年々減少、昨年は前年より三日減の六日間(十二月二十八〜三十日、一月四〜六日。日当九百九十円)だった。
 また、年末年始手当以外に、ごみ収集トラックが三人乗車から二人乗車と労働強化になったのに伴い、「二人乗車手当」も設けられ、条例化されないまま、過去五年間で計約二千八百二十八万円(一日五百円、半日二百五十円)が支給されている。
 公務員の給与に関しては、地方自治法などで条例化するのが原則。他の自治体では、年末年始手当の支給を条例で規定しており、自治労連埼玉県本部は「地方公営企業労働関係法に基づく労使協定で妥結したもので、正当歓支給。それを条例化しなかった市側に問題がある」としている。

[読売新聞 2002年9月18日(水)]


全国高校ラグビー県予選、53チームの熱戦火ぶた

 第八十二回全国高校ラグビー大会の県予選が十四日、開幕した。
 熊谷市上川上の県営熊谷ラグビー場で行われた開会式には、昨年より一チーム多い五十三チームの選手たちが集まり、グラウンドを堂々と入場行進し、スタンドからは盛んな拍手が送られた。
 草加西の中島和典主将(3年)が、「フェアプレーを重んじ、ラガーマンらしく、ノーサイドの笛が鳴るまで全力を尽くして戦い抜くことを誓います」と、力強く選手宣誓した。
 順調に日程を消化すれば、十一月二十三日に同ラグビー場で決勝が行われる。
 優勝校は十二月二十七日から大阪・花園ラグビー場で始まる全国大会に出場する。
 十四日の結果は次の通り。
▽1回戦
 川越33-17城北埼玉・大井(抽選勝ち)24-24川口・早大本庄88-7桶川西・埼玉栄92-0狭山工・草加東84-0武蔵越生/日高/埼玉平成

[読売新聞 2002年9月16日(月)]
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広めよう“幻の熊谷桜”、22日に接ぎ木講習会

 「地元ゆかりの熊谷桜を広く植えてもらおう」と、熊谷市内の桜愛好グループ「桜ファンクラブ」(会員約百人)は、二十二日、熊谷商工会議所で接ぎ木講習会を開く。同会では「長年、幻の桜とされてきた名花を、桜の街・熊谷で広めたい」と話している。
 熊谷桜は、花の直径約二センチと小さな淡い紅色の花弁を、三月中下旬ごろに咲かせる。別名八重咲山彼岸。成木の高さ二〜三メートルと低く、鉢植えでも、約二年後に花が楽しめる。
 開花が彼岸桜より一足早いことから、平家物語や歌舞伎などで知られる熊谷市出身の源氏の武将、熊谷次郎直実が一ノ谷の合戦で先陣争いをした故事にちなんで命名されたという。
 江戸時代の文献では、庶民の間で親しまれ、熊谷市内の寺にもあったとする記録があるが、明治以降は廃れて“幻の桜”となった。
 同クラブは一九九〇年発足、荒川堤の桜の保存活動などをしてきたが、熊谷桜のことを知り、財団法人「日本花の会」(東京都港区)に問い合わせたところ、同会の茨城県結城市内の農場で三本残っていることが分かり、九三年秋、一本を譲り受け、熊谷市中央公園に植えた。
 その後、市内三か所に十四本の苗木を植える一方、一昨年から市民向け接ぎ木の講習会を実施。大島桜の台木に芽を芽接ぎする方法を紹介した。今回「日本花の会」の協力で、約五十本の台木がそろえられる。
 同クラブ会長で、染色家の横田透さん(52)(熊谷市宮町)は「二年後の埼玉国体会場にも植えたい」と増殖に意欲を見せる。講習会は二十二日午前十時から、会費千五百円(昼食代込み)。定員二十人。申し込み・問い合わせは、横田会長(048・522・8739)へ。

[読売新聞 2002年9月16日(月)]
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文化センター庭にサカバザクラ植樹 [読売新聞 2001年12月19日(水)]
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力作68点の写真展

 埼玉読売写真クラブ(埼玉YPC)熊谷支部会の第五回写真展が十二日から、同市拾六間の熊谷文化創造館(さくらめいと)の月のホールで始まった。
 同支部会は一九九四年に発足。現在、熊谷、深谷市周辺に会員が三十九人おり、毎年、恒例の写真展を開いている。
 今回は会員たちの力作計六十六点が展示されている。県内のほか、日本各地、中国、スペインなど海外を訪れたときの風景や人々の姿を叙情豊かにとらえた作品、花や花火などを抽象画風に仕上げたユニークな作品もある。同支部の森田啓司会長は「最近は、ネーチャー(自然)ものが多くなっている」と話している。
 入場無料。同展は十六日までで、時間は午前九時半〜午後七時(最終日は午後六時まで)。

[読売新聞 2002年9月13日(金)]


花園目指す53チーム、高校ラグビーあすから県予選

 第八十二回全国高校ラグビー大会の県予選が、あす十四日開幕する。昨年より一チーム多い五十三チームが参加。順調に日程を消化すれば、十一月二十三日に県営熊谷ラグビー場で決勝が行われる。
 今回の県予選は、今春の関東大会県予選で優勝した熊谷工、六年連続優勝を狙う埼工大深谷と、所沢北や深谷などシード校の実力がきっ抗し、熱戦が期待できそうだ。
 また、部員が十五人に満たない和光・朝霞と、武蔵越生・日高・埼玉平成が、それぞれ合同チームで出場する。
 優勝校は十二月二十七日から大阪・花園ラグビー場で始まる全国大会に出場する。

[読売新聞 2002年9月13日(金)]
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ラグビー東日本社会人、15日開幕

熊谷ラグビー場で2試合

 ラグビー東日本社会人リーグは15日、昨季日本一のサントリーと初昇格の日本IBMの一戦で幕を開ける。黄金期を思わせるサントリーをNECなどが追いかける展開が予想される。
 来季から始まる全国リーグ「スーパーリーグ」(仮称)への参加をかけて、熱戦が多くなりそうだ。
 サントリーは栗原徹をフルバックヘ、小野沢宏時をウイングにコンバートし、攻撃方アップを狙う。海外挑戦でNO8斉藤祐也が抜けたが、代表経験のある大久保尚哉が穴を埋める。日本代表主将の箕内拓郎が率いるNECは強力FWが武器。クボタは大黒柱のロック赤塚隆のけがが痛いが、FWを軸にスピーディーな攻撃を目指す。リコーは元ニュージーランド(NZ)代表FBのオズボーンが加わり、バックス攻撃の幅が広がった。東芝府中は個々のレベルアップを図り、FWの破壊力で勝負する。
 熊谷ラグビー場では、セコム-三洋電機戦(11/17)、三洋電機-日本IBM戦(11/24)が予定されている。

[読売新聞 2002年9月13日(金)]


熊谷染の講習会、親子で伝統工芸を学ぶ

 熊谷捺染振興協同組合主催の「熊谷染親子体験講座」が、県工業技術センター北部研究所で行われた。
 「熊谷染」は大正初期に京友禅や江戸小紋の流れを汲み現在の原型が出来上がったもので、現在では伝統的技術・技法による手工芸品として埼玉県知事から伝統的手工芸品に指定されている。
 この日は銀座の大久保染工の大久保伯男さんが指導に当たり、小紋の体験をした。作業は地張り、型付け、乾燥、地糊作り、しごき、蒸し、水洗い、乾燥といった順序。見た目よりもずっと難しい作業に参加者たちも苦労していたが、それぞれが気に入った型紙を使い、地糊の色も選べたので染め上がった生地を見たときにはみんな大満足といった様子だった。

[熊谷よみうり新聞 2002年9月10日(火)]
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人気の自然観察会、天然記念物「ムサシトミヨ」を観察

 “清流のシンボル”ムサシトミヨが生息する熊谷市佐谷田、久下一帯の元荒川で「ムサシトミヨを観察する集い」が、七月二十五日と八月二十二日の二回にわたって行われた。これは、市教委と熊谷市ムサシトミヨを守る会が、夏休みの小学生の自由研究の課題のひとつとして計画したもので、小学生二十七人とその家族会わせて四十六人が参加した。
 小学生たちは、元荒川の源流となっている県農林総合研究センターで、担当者の魚の解説に耳を傾け、真剣にノートに書き記していた。センターの研究棟の水槽の中で、肉眼でやっと見る事の出来るムサシトミヨを実際に観察すると同時に、県の天然記念物に指定されている元荒川の源流地点約一・六キロを見て回った。
 氷河期から生き残り、かつて幻の魚といわれ、世界でただ一ケ所の生息地で実際に学んだ児童たちに市教委の担当者は「魚の住める環境に関心を高めてもらい、自由研究の課題に役立つ事が出来たと思います」と話し、実りのあるムサシトミヨを観察する集いだった。

[熊谷よみうり新聞 2002年9月10日(火)]
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「彩の国まごころ国体音頭」一周年記念発表会を開催

 彩の国まごころ国体音頭一周年を記念し、九月二十九日、熊谷文化会館に、音頭を作詞、作曲した中山大三郎氏らを迎えて記念発表会を開く。これには、市内カラオケ教室、愛好会二十三団体がバックアップし、選ばれた百三十五人が熱唱。ビクターレコード米倉ますみがスペシャルゲストとして出演するほか、フラダンス、日本現代舞踊、日舞など唄と踊りの競演で二年後に迫った埼玉国体を華やかな記念発表会で盛り上げる。
 国体音頭は、五年前、市のレクリエーション協会が計画。中山大三郎氏に作詞、作曲を依頼し、昨年九月、吉野好子さん(五六)が歌を吹き込み出来上がった。国体音頭の歌と踊りは、市民の間に広まり、八月十六日夜の「健康づくり納涼盆おどりの夕べ」で吉野さんが歌い、踊りの輪が広がった。
 「音頭を皆さんで口ずさみ、国体を成功させたい」と吉野さんが主催して発表会を計画したもので、入場無料。

[熊谷よみうり新聞 2002年9月10日(火)]
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市役所で、「ラグビータウン熊谷」のポスター展

 熊谷市企画部イメージアップ推進室は、九月十四日から、県営ラグビー場で行われる公式戦のPR用として使うため、市内の小、中学生に呼びかけポスターの原画を募集していた。
 このコンクールで集まった三百九十三点の全作品が市役所の一階ロビーに展示され、市役所を訪れた人たちの目を楽しませてくれていた。
 応募作品のうち、審査の結果、入賞九点が決まったが、最優秀賞は大幡中学二年石川真衣さん(一四)。昨年に続いて二年連続最優秀賞に輝いた。ポスターとなった作品は、迫力満点。ラグビーの公式戦にふさわしい出来栄えとなっている。
 石川さんは、大幡小学校四年生の時応募した防火週間のポスターをはじめ、最優秀賞受賞は今回を含めて四回となっている。ポスターは一千枚を印刷し、県内各市町村、ラグビー部のある学校に配布するが、入賞作品九点の原画は公式戦期間中ラグビー場のロビーに展示され、大会を盛り上げる。
 ポスターコンクールの入賞者は次の通り。
▽最優秀賞・石川真衣(大橋中2)
▽優秀賞・渡部美奈(大原中3)・石川友貴(大橋小5)
▽佳作・熊倉奈々(富士見中1)・西木杏礼(大橋小6)・海老原沙恵(佐谷田小4)・松本春美(石原小3)・広瀬璃乃(熊谷西小2)・小川子温(成田小1)

[熊谷よみうり新聞 2002年9月10日(火)]
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ラグビータウン熊谷のポスター、最優秀は大幡中石川さん [熊谷よみうり新聞 2001年9月11日(火)]
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関連ニュース●県ラグビー公式戦ポスター 最優秀賞に土肥(由)さん [読売新聞 98年8月7日(金)]


愛子さまに鈴虫を献上

東宮御所に今年も250匹

 「愛子さまにお聞きいただきたい」と県立熊谷農業高校生物生産工学科の生徒は、愛子さまのご誕生を祝って献上する鈴虫の飼育に励んでいる。
 鈴虫の献上は、昭和三十九年(一九六四)、皇太子ご誕生と、東京オリンピックの成功を祝福して東宮御所に献上したのがはじまりといわれている。以来、毎年、欠かさず続けてきており、今回で三十九回を数える。
 鈴虫は、同工学科の女子四人を含む二、三年生十九人が、六月十三日に孵化し、百三十個のケースに分けて育ててきた。エサとなるキュウリ、ナスなどは学校の農園で生徒たちが丹精込めて育ててきたもので、鈴虫の成育は順調だという。
 皇太子御一家には、例年通り今年もまたオス百五十匹、メス百匹をケースに収めて献上する。皇居と秋篠宮家には、宮内庁からの要望により、昭和五十三年(一九七七)から献上しており、今年もまた、オス三十五匹、メス三十匹をそれぞれ献上するという。眞子さまは、毎年楽しみにして待っておられると伝えて来ており「昭和天皇、皇后両陛下には、大変お喜びになっておられました」とかつて宮内庁から感謝する言葉が届いた程である。
 鈴虫は、宮内庁から県を通して献上の日取りが指示されるが、生徒たちはその日を待ちわびている。「愛子さまも、ご誕生九ヶ月におなりになるのできっと喜んでいただけるものと生徒たちは心を込めて育てています」と指導の朝比奈永晋教諭(四九)は話している。
 ケースに描かれたかわいい砂絵の中で秋を奏でる鈴虫の音をお楽しみいただける日はもうすぐ。

[熊谷よみうり新聞 2002年9月10日(火)]
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スズムシ、今年も皇室に献上 [読売新聞 2001年9月15日(土)]
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熊谷市、75歳以上の高齢者は11,018人

各地で趣向を凝らした敬老会

 十五日は敬老の日。熊谷市役所高齢福祉課の調べによると七十五歳以上の高齢者は男女合わせて一万一千十八人。昨年同期にくらべ八百四十三人多く、高齢化が進んでいる。
 この中で今年九十四歳になる大島利雄さんは、ふるさと新川村の繁栄と衰退の記録を後世に伝えたいと資料の整理に励んでおり、各地でお年寄りのパワーは全開だ。
 敬老の日には、地区ごとに敬老会が開かれ、市は、白寿、米寿、喜寿の対象者に敬老祝金を贈って長寿を祝う。
 大島さんは、十八年間務めた熊谷市長寿クラブ連合会長を一昨年辞退し、各種の役職も返上「やっと自分の時間が持てるようになりました」といい、残された人生を自叙伝と合わせて今まで語り尽くせなかった新川村の歴史を書き残し、後々の世まで語り継いでもらいたいと資料の整理をいそいでいる。
 大島さんのふるさと新川村は、江戸時代の後期、荒川の舟便による江戸との物資輸送の拠点として栄えた。当時九十五戸もあった村が、高崎線の開通による舟便の衰退、洪水の追い打ちで昭和二十二年を最後に全戸が移住。新川村は三百年の歴史の幕を閉じた。
 新川村に生まれ育った大島さんは、郷土文化会誌に「新川の変ぼう」を提稿。熊谷市立図書館が昨年三月刊行した「熊谷の昔ばなし」に新川にちなんだ民話十編を寄せた。
 「まだまだ伝えたい事がたくさんあります」と“幻の新川村”の歴史を綴るという。八十九歳になる奥さんを車に乗せての病院通いが役目。「安全運転ですよ」といい、九十歳を過ぎて、なお、現役のドライバーだ。
 「マジックでみんなと一緒に楽しもうと思っています」というのは佐谷田マジッククラブ会長の沼上岩次郎さんだ。沼上さんは、今年八十八歳の米寿を迎えた。クラブを結成して三年。メンバーは八人。いずれも七十歳以上。気の合った仲間だ。月一回、佐谷田公民館に講師を招いて稽古に励んでいる。十五日の佐谷田地区敬老会では、紙やヒモ、簡単な道具を使って、あっと驚く手品をお見せするとみんな大張り切りだ。
 敬老の日の十五日には、各地区で敬老会が開かれるが、中条、大幡両地区の敬老会には、小、中学生の代表が作文を朗読して長寿を祝福。荒川地区敬老会は、フォークダンスと三十年以上も続けている日本舞踊泉流師範泉右都教社中の華麗な舞踊を披露。奈良地区では、合同敬老会に続いて地区ごとの敬老の集いで祝福するなど、各地区でそれぞれ趣向をこらした敬老会で長寿を祝う。

[熊谷よみうり新聞 2002年9月10日(火)]
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敬老の日、75歳以上の高齢者は10,175人 [熊谷よみうり新聞 2001年9月11日(火)]
関連ニュース●「敬老祝い金」縮小 喜・米・白寿と百歳超に [読売新聞 99年2月23日(火)]


オ・ドーレなおざね参加団体、募集始まる

 熊谷市商店街連合会では、明日から、えびす大商業祭の新しいイベント、十一月三日(日)「オ・ドーレなおざね」の参加団体を募集します。
 「オ・ドーレなおざね」は誰でも参加できるダンシングイベントです。ダンスには既成曲・既成振付の「ロックなおざね」の他に、全くのオリジナル曲と踊りでの参加も大歓迎です。但しオリジナル曲には「直実節」の4小節を必ず入れて頂きます。
 参加者はパレード、ステージパフォーマンスに参加して頂き、一団体は十名以上、百名以内。企業・学校・仲良しグループ等、奮ってお申し込み下さい。
 ロックなおざね練習日=九月五日、十二日・十九日の各木曜日、場所=熊谷市立商工会館二階大ホール。「オ・ドーレなおざね」参加申し込み受付は九月二日(月)から、熊谷市商店街連合会事務局で承ります。電話048-521-4600、FAX048-525-7272まで。

[お茶の間ジャーナル((株)八木橋発行)2002年9月1日(日)]
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うちわ祭で“ロックなおざね”を熱演 [熊谷よみうり新聞 2002年8月13日(火)]
関連ニュース●「よさこい」に「直実」で対抗、ダンシングイベントで商店街振興 [読売新聞 2002年8月7日(水)]


熊谷の演劇ワークショップ、にぎやかに“水戸黄門”

25人が卒業公演

 熊谷市文化振興財団による演劇ワークショップ「初めてづくしの水戸黄門」の卒業公演が三十一日、同市の熊谷文化創造館さくらめいとで開かれた。
 同ワークショップには、県内外の十六歳の高校生から六十八歳の男性まで二十五人が参加した。妻沼町を拠点に活動するアマチュア劇団「劇団Q」の演技指導で、七月中旬から毎週土、日曜日にけいこを積んできた。
 劇は、熊谷宿を訪れた黄門様一行が、悪事をはたらく商人を懲らしめる話を、コメディー風に仕上げたもの。参加者はニグループに分かれて、同じ演目を二回行った。劇中には、南京玉すだれなどの大道芸や殺陣シーンなどもあり、にぎやかな舞台になった。
 水戸黄門役を演じた行田市、無職福田嘉彦さん(68)は、「セリフを覚えるのに苦労しましたが、観客の受けもよく、いい芝居ができました」と、満足そうに話していた。
 同財団は今後も、演劇や音楽などの市民参加型のワークショップを開いていく予定という。

[読売新聞 2002年9月1日(日)]